金色(こんじき)に輝くお釈迦様のおはなし
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書き起こしは下記をお読みください。
コツ、コツ。
「はい、どなた?」
開けてみると、そこには金色に光輝くお釈迦様が、立っておられました。
「ど、どうぞ、おはいり下さい。」
すると、お釈迦様は、何も言わず、するりと玄関口を通って、中に入られました。
「何もありませんが、お茶などいかがでしょうか」
するとお釈迦様は少し首をかしげて、微笑まれました。
わたくしは、小さな鉄瓶に水を入れ、それをストーブの上に載せ、マッチでほくちに火をつけました。
それから、しばらくの間、お釈迦様とわたくしは、何も喋らずに、小さなテーブルを挟んで、ただ座っていました。
鉄瓶が温まって、コトコト、コトコト、ぶくぶく、ぶくぶく、そして、しゅん、しゅんと、音をたて始めました。
わたくしは火を止め、お茶の葉を二匙すくって、鉄瓶に入れました。
それからまた、お釈迦様に向かい合って座りました。
二分ほど立ってから、立ち上がって、お茶を二つの湯呑みに注ぎ、お釈迦様とわたくしの前に置きました。
金色に輝くお釈迦様は、ゆっくりと、手を伸ばして、湯呑みを両手で包んで、口元に持ってゆかれました。
それから、ゆっくりと、時間をかけて、お茶を飲み干されました。
その後もお釈迦様は、長い間、何も言わずにただ座っておられました。
わたくしも、お釈迦様に話しても良いような、立派な話が見つからないので、ただ黙って、自分の茶碗を見つめていました。
どれほど時間が経ったことでしょうか。
突然、お釈迦様がおっしゃられました。
「ザトウ鯨の群れは」
「はあ」
「時々海の底に隠れます」
「龍に追いかけられるのは疲れるのでしょう」
「山は」
「はい」
「よく物忘れをします。」
「それで蜘蛛の糸が要るのです。」
「年老いたアカマツが北で倒れても」
「ミシシッピー川のワニはちゃんと聞き取れます」
「雨が歌っているので」
「少し静かにしていましょう。」
お釈迦様の声は、とても澄んでいて、穏やかで、まるで遠くから聞こえる鐘の音のようでした。
お釈迦様のおっしゃるひとつひとつの出来事が、とても大切な意味を持っているようでもあり、そうでないようでもあり。
わたくしはもう、いちいち相槌を打ったりせず、ただその一言一言に思いを馳せて、息を呑んで一生懸命耳を傾けました。
「兵士が馬から落ちました。」
「誰もいない森の中で」
「月は死んでいくのですが」
「太陽もまた朽ちていきます。」
「あなたも死んでいくのですが」
「私もまた朽ちていきます」
お釈迦様は、ふっと話すのをやめ、それから長い長い沈黙が訪れました。
十分、二十分、一時間、一日、一週間、一月、一年。
いえ、もっとそれ以上経ったような。
ふと窓の外を見ると、藍白(あいじろ)色の星たちが、ぞろぞろと山並みを伝い降りて、朝もやの蚊帳の中へ、降りていくのが見えました。
ああ、ではそろそろ」
金色に輝くお釈迦様は、お疲れの様子も見せず、つと立ち上がって、戸口へと向かわれました。
どうかいつでも、またお越しください。」
そう言うと、お釈迦様は、わたくしの方を振り向いて、にっこりと微笑まれました。
お釈迦様が帰られた後、湯呑みを覗き込むと、三日月の形をした小さな金のつぶが、底の方で光っているのが見えました。
おしまい